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本町スタンダード研究所

スタンダード・インプット・アウトプット

資本論第2巻

誰もが挫折する資本論第2巻。

ここでは資本家と労働者の対立は脇におかれ、資本の循環モデルを明らかにしている。

「純粋な資本の運動」を観測する中で資本主義社会の制約が浮かび上がってくる。

 

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 「純粋な状態における資本」という観念はマルクスにとって重要である。なぜなら、恐慌に直面した場合、この恐慌は何らかの不純さのせいだとか、「純粋で」完璧な資本主義的生産様式がうまく機能しなかったせいであると言ってすますことが常に可能だからである。われわれは、この数年間というもの、新自由主義者たちからさんざん次のように聞かされてきた。問題は-と彼らは言う-、市場資本主義の新自由主義的モデルそのものの内部に存在する何らかの深刻な矛盾にあるのではなく、新自由主義の命じるところにきちんと従わなかったことにあるのだ、と。それゆえ彼らの解決策は、緊縮政策を推し進め国家権力をますます無力化することを通じて資本をもっとさらに純粋な状態へと回帰させることである。だがマルクスが示そうとしているのは、恐慌が純粋きわまりない資本主義的生産様式の存続そのもののうちに内在し、それに必然的に伴い、その固有の病だということである。どれほど間に合わせの規制改革をやろうとも問題を解決することができないだけでなく、むしろ経済がその純粋な状態に接近すればするほど、おそらく恐慌はますます深刻になるだろう。

デヴィッド・ハーヴェイ『<資本論> 第2巻・第3巻入門』p30)